第9回日本ラブストーリー大賞1次通過作品(2)

 『トマトのために』/鰯田 祥 

あらすじ

 主人公の早苗は、祖母の代わりに家賃の受け取りに行ったボロアパートの一室で風変わりな男に出会う。裏庭でトマトを栽培する大学農学部の講師、日置だ。食べさせてもらった裏庭のトマトはあまりに甘くておいしかった。衝撃が早苗の体を突き抜け、熱に浮かされるように日置と寝てしまう。日置は、早苗にある依頼をする。100万円のバイト代を払うので、中西教授夫妻宅での一カ月住み込み生活に付き合ってほしいというのだ。しかも、偽の婚約者として。そこでの生活をうまくこなすことができれば、日置は引退する教授の後継者として認めてもらうことができるという。不仲な母親から逃れたい一心で承諾した早苗だったが、共同生活はさまざまなトラブルに見舞われる。果たしてふたりは、無事に一カ月を乗り切ることができるのか?一夏の奇妙な生活を爽やかに描いた、甘くて酸っぱいトマトのようなラブコメディ。

評価・感想

 完成度の高さに驚きました。文章表現の巧みさ、筋運びの確かさ、人物造形への気配り、テーマの打ち出し方など、すべてがプロのレベルに達していると思います。

ストーリー展開に合わせて登場人物の情報を小出しに提示していく作品構成力には舌を巻きました。早苗、日置の心の動きがきちんとした段階を経ながら語られていくので、「この二人、どうなるんだろう」と最後まで興味しんしんで読むことができます。なにより素晴らしいのは、トマトが単なる小道具としてではなく、作品のテーマを象徴するものとして使われている点です。トマトのおいしい栽培法にひっかけて早苗がいうセリフ、「根の張れる範囲でいちばん楽な状態を見つけようって言ってたじゃない。甘やかしてもちゃんと甘くなるなら、私、そっちのほうが好き。そっちのほうが美味しい」のすばらしさ。野菜に託して語られるからこそ、こうした愛のセリフがすっと体に染みこんでくるのです。甘くて酸っぱくて爽やか。トマトのような読後感の素晴らしいラブコメだと思います。

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